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◇野球についての戯れ言◇

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☆☆☆戯れ言その2☆☆☆[2003.7.06up]
 
=茅ヶ崎市内5校の野球部特集を終えて=
 
 半月の間に、5つの学校の野球部を訪問して、取材・編集・アップという作業をするのはなかなか骨が折れましたぜ。お陰様でペーパー版も出来上がってホッとしているところだ。
(取材に協力して下さった皆さん、この場を借りてお礼申し上げます。ペーパー版がなかなか入手できない、という方はWEB版の“on paper back number”をご参照下さいね。何せ発行部数が少なくて...)

 で、少なくとも、茅ヶ崎市内にある高校の監督・部長といった指導者たちが真面目に野球に取り組んでいる、ということがわかったのは収穫だった。また、高校生たちも野球を通じて“何か”を得ていることは、肌で感じられた。

 茅ヶ崎の学校が甲子園に出たことはこれまでないし、全国制覇ができるほどの環境・資質が揃っているとも言い難い。しかし、けして底辺を形成するだけではない、「自分史に燦然と輝く1ページを」と指導者・選手ともに燃えているのは間違いなく、その教育的効果は想像していた以上であった。
(それは野球部に限らないのだが)

 それにしてもなぁ...。ウサギ跳びをしている学校は一つたりともないね。

 その昔、野球と言えばウサギ跳びというイメージがあった(「巨人の星」の影響かもしらん)が、誰もが“科学的根拠”を欲しがる時代になったわけか...。

 「練習中、水を飲んではならない」「野球選手に水泳は禁物」とかいったフレーズ(金科玉条と言っても過言ではなかった)は何処へ行ったんだろう?どのチームもスポーツ飲料水を常備しているし、水泳は全身運動なのでよいとか言うし、しまいにゃアイシングとかやって、思いっきり肩を冷やしているんだもんなぁ。

 いやいや、別に“昔はよかったね”とか“俺が若かった時はよぉ”などと言おうとしているわけではないんだよ。ただね、高校生を指導している先生たちの年齢が私と同じくらいだ(ちなみに今年で43歳になりますぜ)、というところにちょっとした引っ掛かりがあるわけだよ。
(少なくとも市内には私より5歳以上若い監督・部長は一人もいない!)

 彼らは間違いなく「巨人の星」をテレビで見ていたはずだ(アンケート項目には入れませんでしたが)。例外なく、少年野球・中学野球部・高校野球部と歩んでいたはずだ。そして、くだんの訓示を受けてきた世代だ。

 現在、NHKで解説者をしている荒木大輔氏(早実高校で5季連続甲子園出場という、現行の学制が続く限りけして破られることのない偉業を達成した際のエース。松坂大輔くんは荒木氏がいなければ誕生していなかったと思われる)も言っていたが、「ボクが高校2年生くらいの時からアイシングとか、ちょっとやり始めたんですよね」と。

 彼が高2といえば、1981年のことになる。たったの20年ほど前に過ぎないのだ。

 それでも彼は早実−ヤクルトというかなりの表舞台を歩んできたからこそ、情報も早かったわけで、“アイシング”“筋トレ”“スポーツ飲料”は一体どのようにして、いつから一般的な野球部に浸透していったのだろう、と不思議に感じてしまうのである。

 まあ、誰もが中学・高校時代に部活をやっていれば、帰りがけにちょっくらチェリオ(今もあるのか?)とかコーラの1リットル瓶一気飲みくらいはやったろうが(やったのか?)、いつから練習中に水分を摂るべきだ、という考えになったのだろう。

 コペルニクス的展開と言わざるを得ない!

 考えてみれば、クソ暑い中、喉が渇けば水分(しかも吸収力のあるもの)を摂るのが妥当だし、ピッチャーもビュンビュン投げれば肩も熱を持つから、冷却する方が自然なんだが。

 その「自然なんだ」と今思えることが、どうして当時は自然だと思えなかったのか、ということを考えるに、人間というのは、意外に「こうなんだ」と一度思い込んだものについてはなかなか情報を入れ替えづらいし、思い込んだことをやっている分には体もついてゆくのかな、などと、やや『精神>科学』論(管理人命名)に傾いたりもする。

 何しろ、メディアの力を思い知る今日この頃である。

 今、

  『実はピッチャーは投げたあと、アイシングするよりも、血行をよくするためにガンガン暖めるべきだという研究結果が出ました』


  などと、ジョーブ博士(あの村田兆治投手の右肘を手術した名医)あたりが発表すると、おそらく何パーセントかの投手は投げ終わった肩を必死になって暖めるのではなかろうか。

 1998年、プロ野球で横浜が日本一になってしまった(!)時、監督の権藤博氏は徹底した継投策を用いていた。勿論、佐々木大魔人がいたからこそ可能な策ではあったが、彼をそうさせたのは、自身の現役時代に“権藤、権藤、雨、権藤”と今もローテーション無視の投手起用をした際の戒めとして、しばしば使われるフレーズがあながち冗談ではなかったことに起因する。

(権藤氏は新人の年に35勝という、現在のプロ野球では考えられない記録を達成。翌年に30勝を積み重ねたあとは、ほとんど投手としての実績を挙げていない。“権藤、権藤、雨、権藤”は雨天中止のほかは、来る日も来る日も権藤がマウンドに上がる、という意味で、“神様・仏様・稲尾様”と並んで使用頻度の高いフレーズである。でも、入試にはたぶん出ない。)

 彼は自らの投手生命を、酷使によって縮められたと考えており(ま、確かにそうですな)、横浜の監督になる以前、複数の球団の投手コーチ時代も、監督に対して絶対にピッチャーの無理強いを許さない信念の人でもあった。

 監督になってからも、その信念を貫き、横浜は完投投手がほとんど出ない(というか、出さない)チームへと変貌した。

 で、彼の場合は自らの経験則に基づき、さらにデータ収集による“科学的”根拠を肉付けしたわけだが、稀に酷使に耐えてしまう人物がいたりするので、困りものだ。

 その名は天皇・金田正一。14年連続20勝、完全試合達成、通算400勝など、記録を上げれば枚挙に暇がない。しかも400勝の大半が弱小球団である国鉄(その後、サンケイ、さらにヤクルトへと売却されるほど弱かったんだよ)で挙げたものだから恐れ入る。晩年は「優勝したい」という理由でON(世界の王貞治さんと、宇宙の長嶋茂雄さんのイニシャルね)のいる巨人へ移籍するあたりも、さすが天皇!

 彼がロッテで監督になった際、選手たちにこう言った。

 「走れ!走れ!」

 彼も信念の人であるから、徹底していた。彼は高校中退後、「夕食はどんぶり飯二杯」(当時はプロ野球選手でも、好きなだけ飯が食える状況ではなかったんだね)というインセンティブ契約を取り付けて入団しただけに、昼間は走ることで下半身を鍛え抜いて(夜は夜で別の手段で鍛えていたそうだが)結果も出さざるを得なかった。そして、見事に結果も出してみせたのだ。

 彼が自らを「酷使された」と言ったのを聞いたことがない。だから、選手たちに「走れ!」と言い続けたのである。

 おぉ、話がかなり大きくなってしまったが、権藤氏も金田氏も、自分の若かった頃の経験が“黄金律”となり、監督としての仕事にも反映された、ということを言いたかったわけだよ。

 然るに、現代の高校野球に於ける“科学”というのは、どこまでが科学で、どこからかは指導者の経験則で、さらに別の領域では精神論なのか、ということについて考えさせられた、というわけだ。

 折しも、先日フランスで行われたサッカーのコンフェデレーションズカップ(サンガの松井くんも出ていましたな)で、カメルーンのフォエ選手が試合中に死去する、という報道を聞くに及び、実は科学とスポーツとは、我々が考えるほどには接近していないのでは、と少しまじめに考察してみたのだよ。

 地方予選や全国大会(いわゆる「甲子園」です)を見に行く人も、熱中症には十分注意しませうね。

 ちなみに、甲子園名物の“カチワリ氷”より、コンビニで売ってるスポーツ飲料水の方が、科学的には吸収されやすいそうだけど、あなた、どうしますかね?

☆☆☆戯れ言その1☆☆☆[2003.4.17up]
 

 こう見えても(見えてない?)私は「超」野球少年だった。どのくらい「超」なのかというと、

  “デッドボール”を長きに亙り“ゼットボール”だと信じ込んでおり、子供心に『ゼット(Z)はアルファベットの最後の文字だから、困った時に最後に投げるボール』だという頭がいいんだか悪いんだかわからない解釈をしていた。
(たぶん、「悪い」方だと思いますぜ)

 中学では最初は当然の如く、野球部に入っていたが、あまりのプレーの華麗さが先輩たちの嫉妬を呼び、裏庭で意味もなく殴られるに至り、退部。その後20年以上、野球を封印していたせいで、イチローが「振り子打法」なる奇怪なフォームで年間最多安打記録を塗り替えた年(1994年)、彼のフォームをテレビですら一度も見たことがなかった。

 その後、封印を解き、再度野球をやってみるも、キャッチボール前にベースランニング(けしてグラウンドの周回ではないッ)2周目で両足がつる。何と、ウォーミングアップの段階でリタイアだ。やはり25年の歳月はただならぬ衰えを私の体に刻んでいた模様である。

 右手は重度の腱鞘炎のため、握力17。子供以下である。

 空腹時血糖値119。だいたい数値が救急車であり、某名医に「あなたは立派な糖尿病です」と言われる始末。

 全力投球による球速は時速82km。ランディ・ジョンソンの半分だ。

 遠投力35メートル。小学4年生の時とほぼ同レベル。サードからファーストまでノーバウンドで投げられたりすると、「今日は絶好調だ」と呟いてしまう。

 後方にフライが揚がると、勿論、万歳をして倒れる

 万一、打席でまかり間違って(振り遅れて)右中間にヒットでも打とうものなら、相手がどれほどヘボな外野手であっても、絶対に二塁ベースに止まる。一気に三塁まで行くと肉離れは言うまでもなく、最悪、骨折や心臓麻痺といった命にかかわる可能性を否定できない。できれば、二塁ベース辺りに「給水所」を設けてもらいたいくらいだ。

 で、現在は年に2回、断りきれない草野球をやるのみになっている。

 つまり、我が野球人生はプレーヤーとしてはとっくに終了していたわけだ。

 しかし、プレーヤーとしての情熱とは別のところにも野球を楽しむ方法はいくつも転がっている。一億二千万総評論家時代とでも名づけようか、誰でもなれる「バーチャルプロ野球監督」とでも言おうか。

 で、話すとムチャクチャ長くなるので、以前から私が提唱している“ルール変更”についてだけ、ナベ○ネくんを筆頭とする『私(もしくは「我が巨○軍」)は常勝を宿命づけられている』と勘違いしている人々に伝えようと思う。
(以前もWEBを通じて呼びかけたのだが、彼(もしくは「彼ら」)は反応してくれなかった。ま、当たり前か)


(1)「敬遠」申告制

 最初からフォアボールで出塁させることを意図しているのに、いちいち4回も投手と捕手とでキャッチボールをしているのは明らかに時間の無駄である。審判に「敬遠ッス」と言えば済むだろうが。


(2)左バッターの一塁ベースを遠ざけろ ※ちょっと長編

 自分が右打者だから言うわけではないぞ。2001年、綿密な調査を行った結果に基づき、お話するのだ。

 野球というスポーツはあからさまに左打者有利にできている。

 左打者用のバッターボックスが右打者のそれに較べて、一塁ベースに近いというだけでなく、バットを振った時の体重移動が左打者の方が一塁ベース方向に向かって走り出しやすいようになっている。つまり、左打者はバットを振りながら既に疾走態勢に入っている、ということだ。

 不公平だ。

 よく今まで右打者による暴動が起こらなかったものだと感心する次第である。

 そこで、私がこの件について長年考えてきた(ちょっと嘘臭い)改正案を提起するものである。

 一塁ベースを右打者用と左打者用で分ける。勿論、右打者用の方が距離が短くなるようにする。

 これなら不公平感もなくなる。なぜ今まで誰も口にしなかったのか不思議だ。
(既に誰かが言っていたのかもしらんけど)

 左打者は、自分用のベースにたどり着くのに右打者用のベースを通過しなければならないので、「危険だ」と言うかも知れんな。なら、右打者用のベースの薄っぺらいものにすればよかろう。実際、ソフトボールでは接触の危険を避けるため、一塁手が踏むベースと打者走者が踏むベースを分けている。

 さて、そこで2001年、新人王と首位打者に加えてMVPまで獲ってしまったイチローくんの打撃を振り返ってみよう。

 彼の打撃成績は692打数242安打。打率.350で首位打者獲得というものである。立派だ。

 だが、彼の242安打のうち実は4分の1に相当する61本が内野安打なのだ。

 内野安打のアウト・セーフはひじょうに微妙なタイミングなので、もし一塁ベースがあと1メートル遠かったら彼の打率はだいぶ変わったはずである。

 仮に彼の内野安打のうち3分の1がただの内野ゴロだったと仮定すると、692打数222安打で打率は.321にしかならない。勿論、首位打者にはなれなかった。
(その場合、現在ゴジラ松井くんとチームメイトであり、左打者ながら内野安打とは全く無縁のジェイソン・ジアンビ選手が首位打者になっていた、というのが私の綿密な調査による結論だ)

 勿論、イチローは「足が速い」という自分の特性をしっかりと生かしたスタイルでチームの勝利に貢献したわけだから、それに文句をつける人もいなかろう。むしろ賞賛されるべきだし、実際マリナーズが地区優勝できた最大の要因はイチローの出塁にあったと言って過言ではない。

 でも、不公平は不公平だ。私は“右打者と左打者の一塁ベース差別化”を力強く訴える。

 プロ野球でそのルールを採用してくれた日には、間違いなくそれが高校野球・草野球のレベルにまでそのルールが採択されることになろう。ルールというものの本質は上意下達であるからね。
おぉっ、ちょっとだけ人間社会の一端に触れてしまった

 本当は、ドラフト制・FA制度・鳴り物応援の是非・社会人野球への提言など、本を10冊くらい書けるほどのアイデアがあるが、それはまた別の機会にご紹介しよう。